国内からの弔辞
はじめ、荻田先生がお亡くなりになられたと聞いたときには、あまりにも突然すぎ、ただただ呆然とするばかりでした。
初めてわが子がお世話になったときのことを思い出します。わが子の場合、生まれたときには、気にならなかったのですが、生後数日経った日のこと、半身が大きいと判断され、気が動転していたことを今でも思い出します。
その時に、荻田先生の紹介を受けることになりました。初診時に「これはリンパ管腫だね」と言われました。当然ながら、「何?それ?治るの?」との反応でしたが、まずは、病名(腫)がはっきりしたこととで安堵しながらも、これからの治療はどうなるのか。治るのかなど様々な事が頭をよぎりました。何回か経過観察のための通院や形成手術を繰り返すうちに、荻田先生の偉大な功績や人柄についても理解できました。入院中でも回診時のたびに「これで大丈夫だよ」という一言でどれだけ勇気付けされたことか。不安がるわが子も安心した先生の顔を見るたびに「先生ありがとう」と言うようになり、経過通院時でもあまり怖がることなく、通院できることは親にとって一番の安心でした。完治はしないことも十分に理解できました。
こういったこともあり、「先生に生涯ついていこう」と信頼していただけに、今となってはただただ残念でなりません。
また、わが子には投薬していませんが、リンパ管腫には形成治療以外に投薬による治療法がない時に、先生が先駆けて治験され、評価、認知されたことは周知の事実であり、先生を理解するうえでも重要な資料でした。このピシバニールの世界的な認知が成されてきたということは、我々患者側からの期待を全身に受けていただき、全力をもって尽くしていただけた先生の人柄そのものだと思っています。
こうして振り返ってみると、不安と絶望感のあった患者側として、考える機会をいただき、この記念誌の発行を起案および推進されておられる実行委員会なる皆様方に、多大な感謝をいたします。
最後に、多忙な生涯を愚直にリンパ管腫に捧げた先生のご冥福を心よりお祈りいたします。安らかにお眠りください。
