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国内からの弔辞

 私たちが荻田先生に初めて出逢ったのは、平成9年12月の終わり、今から6年前の冬。その日の京都は寒く、雪が降っていたのを今も覚えています。

 その1ヶ月前、兵庫県の明石市の総合病院で息子は生まれました。生まれてすぐ、小児科の先生から「右耳の下が腫れている。リンパ管腫かもしれない。京都の病院でリンパ管腫専門の先生がいらっしゃる。その先生に診てもらってはどうか?」と言われました。

 "リンパ管腫"初めて聞く病名でした。どんな病気だろう?悪性のもので治らないんじゃないか?命にかかわるような病気だろうか?手術しなければならないのだろうか?不安は募るばかりでした。

 生後1ヶ月の子どもを抱いて診察室に入ってからも、不安と緊張で私は体じゅう冷や汗でびっしょりでした。でも荻田先生を一目見て、大学病院の先生という固苦しいイメージとは違って、純朴で人なつっこそうな風貌に少し安心しました。MRIを見ながらの説明も素人の私たちにわかりやすく説明してくださいました。

 治療は右耳の下、リンパ液が溜まっている場所に薬を注射する方法です。まだ幼児なので注射する前に寝かせてから注射するのですが、寝ていても、注射針を刺した瞬間、痛さに起きてしまい暴れるので体はテープで固定し、その上、泣き叫ぶ子供の手足を主人と私で押さえて注射してもらいました。その緊迫した状況でも冷静に注射し、処置してくださいました。注射をする場所は、頚動脈や静脈が通っている微妙な場所で、ある日先生が注射して下さった後、「場所が場所だけに、ぼくも注射するの気色悪いんですよぉー」と笑いながらおっしゃった事がありました。それを聞いた時、「え!!大学病院の先生がそんな正直に言ってしまっていいのぉー?」と思いましたが、その言葉から先生の人間味あふれる飾らない性格にとても親しみを持ちました。

 5年間の間にその注射を15回ほどしたでしょうか?小さい時は、顔がゆがんでいると言われたり、道を歩いていてもじろじろ見られたりしていましたが、それも今ではあまり目立たなくなりました。先生からも表面部分の治療はほぼ済んだので、これからは定期的にMRIをとって様子を見ようと言っていただいて、ひと安心した矢先、先生の訃報をきいたのです。最初はとても信じられませんでした。それは今でも同じです。これからどうしたらよいのだろう。とても不安になりました。私たちだけでなく、先生がいらっしゃらなくなって、いったいどれだけの人たちが途方に暮れるのだろう。これからも先もたくさんの人達から必要とされる先生なのに・・・。くやしくてなりません。

 先生に治していただいて、私たちの子どもは毎日元気いっぱいお友達と楽しい毎日を過ごしています。

 荻田先生に出逢えた事は、子どもにとっても、私たち家族にとっても、とても幸運だったと思います。先生に感謝の気持ちでいっぱいです。今思い浮かぶのは、「ほんとは、ぼくも注射するの気色悪いんですよぉー。」と、はにかみながらおっしゃったやさしい先生の笑顔です。本当にありがとうございました。

 荻田先生のご冥福を心からお祈り申し上げます。

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