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国内からの弔辞

 私の息子(現在13歳)が荻田先生に治療をしていただいていたのは、もう10年も前、3歳の誕生日を迎えた頃でした。その前年、カルロスちゃんの報道で、京都府立医科大学の荻田先生のことを知り、是非診ていただきたいと関東から通いました。

 当時大学病院に行っても珍しい病気だったのに、子供病院の廊下は、同じように顔や首の一部に腫瘍のできたリンパ管腫の子供たちで一杯でした。お母さんたちと話をしてみると、大阪から、四国から、東京から、青森から…と本当に全国各地から荻田先生を頼って来ている人たちでした。

 リンパ管腫の治療法を開発された荻田先生の所へは、日本だけでなく世界中から、救いを求める声が数多く寄せられていたということを、「カルロスちゃんと共に」という冊子を読んで知りました。これは、カルロスちゃん基金に寄付をした後、送っていただいたものです。この冊子から、リンパ管腫の数々の症例や、基金が出来て、カルロスちゃんが日本に治療に来た経緯などがよくわかりました。また、今読み返してみても、患者さんやその親御さんに対する荻田先生のお気持ち、他人の痛みを自分のことのように感じて、自分にできることはしてあげたいという先生のお人柄が偲ばれます。

 荻田先生は、とても穏やかで、優しい声をしていて、落ち着いた話し方をなさいました。私が、不安な気持ちから色々とまとまらない質問をしても、丁寧に聴いて答えて下さり、お人柄の誠実さと温かさが伝わってきました。

 私は、子供がお腹にいるときに腫瘍が見つかり、もし悪性だったら生まれてもすぐに死んでしまうかもしれない、生きられたとしても大きな障害が残るかもしれないという状況で子供を出産しました。生まれてきて良性のリンパ管腫とわかり、ほっとしましたが、外見上の問題をどうするかということで、幾つかの病院を廻りました。リンパ管腫が感染を起こし、気管を圧迫して呼吸困難になり緊急入院といった出来事もありました。ガンのように直接命に関わる病気で闘っている子供の親に比べたら、自分は恵まれていると思いながらも、藁をも掴む心境だったと思います。そんな中で荻田先生と巡り逢えたことは、本当に幸運でした。

 混合型のリンパ管腫で、治療は回数を重ねることが必要でしたが、子供に物心が付いてくると治療に通うのも難しくなったので、途中から経過観察に切り替えました。成長の過程で、感染が起こったり心配なことがあったときはお電話をさせていただき、先生からアドバイスを受けました。

 最後に診ていただいたのは、3年前になります。京都駅は、古都のイメージとはかけ離れた、現代的な建物へと目まぐるしく変わっていましたが、荻田先生の温厚さはそのままで、安心感と信頼感を感じさせてくれました。

「カルロスちゃんと共に」のあとがきに、先生は、こう書かれています。「子を慈しむ親の愛情に、そしてその姿に共鳴する人々の心情に、言葉や、国や、宗教などによるちがいはありません。…しかし、外国に生まれたリンパ管腫の子供は、特効薬の存在さえ知らず死に脅え続けています。最新の治療法を知るのが遅かったために、失われなくてもよい掛替えの無い命が召されています。貧しい家の子は、満足な治療も受けられず、死んで行くしかありません。

 研究によって、僅かの望みしか与えられなかった病気が、治す事が可能な病気となっています。研究の成果は病に苦しむ全ての人々が享受できるように努力しなければなりません。…」

 荻田先生の患者さんへの思い、子を持つ親への思い、人として貫かれた生き方が、国境を越え、実際にカルロスちゃんとそのご家族に救いの手をさしのべる行動へとつながりました。そのことがマスコミに取り上げられて、日本中の、リンパ管腫という難病を抱えた子を持つ親に、希望が与えられました。本当に有り難いことだと思います。でも先生は世界中の人から頼りにされてご多忙だったのではないでしょうか。ご家族の方の胸中を思うと言葉がありません。

 今、改めて荻田先生に深い感謝の気持ちと共に、心よりご冥福をお祈り致します。

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