国内からの弔辞
茨城県に在住しております。患者は5歳になる息子です。出生前の超音波検査で頸部、舌部のリンパ管腫が発見されました。頸部のリンパ管腫が大きいこと、舌も厚く、自発呼吸が難しいと予想されることから緊急の帝王切開で出生しました。幸いに自発呼吸ができ、ミルクも飲めましたが、頸部は嚢胞状リンパ管腫のために大きく膨らみ、舌は全面に海綿状リンパ管腫のブツブツが露出していました。
地元の病院で頸部にOK-432を局注しましたが、舌部への局注治療は難しく、せいぜい表面をレーザーで焼く程度で、再発を繰り返すので治療できないと言われました。私は出生当時からにインターネットで荻田先生のことを知りました。閲覧できる論文は語学力の乏しい私には残念ながら読むことはできませんでしたが、思い切ってメールを出したところ、すぐに返事をいただき、リンパ管腫について詳しく説明いただきました。その後もメール、写真だけの相談にも関わらず、荻田先生は懇切丁寧に説明いただき、さながら診察室にいるような気持ちになったものです。
地元の病院では素人目にもOK-432の局注治療は経験不足を感じ、交通費、宿泊費は経済的にも負担でしたが、なんとか荻田先生の元で治療を受けたく、藁をも掴む思いでリンパ管腫治療第一人者の荻田先生を訪ねたのは、息子が2歳になる直前、ちょうど京都は紅葉が盛りの平成12年11月でした。
短い診察時間でしたが、荻田先生のやさしい笑顔、心温まる励まし、丁寧な診察を受け、「思い切って来て良かった」と妻に話す時涙が流れ出てしまいました。
その後入院治療を3回、外来治療を1回行いました。荻田先生はしばしば病室を訪れてくださいました。初めての入院の際の説明で、「きれいになりますよ」と言ってくださった言葉は脳裏から離れません。その言葉があったからこそ、私たち家族は今までがんばってこれましたしこられましたし、今後も前向きに病気と闘っていけます。
最後に荻田先生にお会いしたのは平成14年11月の外来局注治療でした。帰宅後に妻と、「荻田先生、ちょっと元気がなかったね」と話したことを覚えております。経過を報告したメールの回答も、いつになく短い文章で、何か心配なことでもあるのかなと気になっていたおり、体調を崩して休暇を取っておられるとのことを耳にし、一日も早い復帰を心待ちにしておりましたが、かなわぬ願いとなってしまいました。
その後は昨年夏に常盤先生から紹介状をいただき、東京の国立成育医療センターにて治療を受けております。幸いにも主治医の先生が荻田先生と何度もコンタクトを取っていた先生で、府立医大と同様の治療を受け、わずかながらも治療は前進しつつあります。これも荻田先生の残された功績の賜物でしょう。
とても書き尽くせない思い出ばかりなのですが、荻田先生のご冥福を心からお祈り申し上げますと共に、今後リンパ管腫治療の研究が一層躍進し、世界中のリンパ管腫の子供たちが救われますことを願ってお別れとされていただきます。
最後になりましたが、今までお世話になりました常盤先生を始め、府立医大のスタッフの方々に心より御礼申し上げます。ありがとうございました。
