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国内からの弔辞

 平成11年5月、娘は風邪がもとで、のどにリンパ管腫があることがわかりました。それまで普通に幼稚園に通っていた、4歳半のことです。肺炎を併発したこともあり、地元の病院に2ケ月入院しましたが、何の治療もできないまま退院になりました。私たち夫婦は、このまま何もしないでいることに不安を覚え、自分たちで調べていたときに荻田先生の海外向けのHPを見つけ、思い切ってメールを送ったのが、荻田先生とのお付き合いの始まりでした。大学病院の先生からすぐにお返事をいただけるとは思っていなかったのですが、メールを送った翌日、それも日曜日の夜中に返事が届き、「画像を送ってくれれば、診察いたします」との事。早速画像を病院へ送ると、その結果をメールで連絡してくださいました。

 「画像診断結果」として送られたメールは、今までのどの説明より分かりやすく、娘の病状がよく理解できる内容でした。そして病気の治療方法、可能性などについても書かれており、まだ会いもしない患者のことをここまで考えてくれるとは、と私たちは感激してしまいました。そして治療のお願いをしたところ、「現状はかなり厳しいものですが、よろこんで最善をつくします」と力強い言葉を頂きました。

 そのころの私たちは、突然の娘の病気に暗澹たる思いでいましが、荻田先生と出会い、その先生の言葉で、一筋の光が指し、この先生なら娘の病気を治してくれるのではないかと、病気に立ち向かう勇気が出てきたのを覚えています。

 それから4年間、茨城から京都まではかなり遠い距離ですが、治療を続けられたのも、先生のおかげと感謝しています。遠距離のために宿泊が必要なことから、治療の計画は早く決めて頂き、検査の予約も先生の方で取って頂いたこともありました。治療後の状態や風邪を引いたときなど、何かあるとメールを送ってしまいましたが、その都度必ずお返事をくれ、「何かあったら遠慮なくメールください」と付け加えてくださいました。距離は遠くても、身近な主治医でした。また、最後の治療となった平成14年11月は、「遅々とした歩みで申し訳なく思います」と、先生のせいではないのに、そんな言葉も言ってくださり、改めて先生の優しさに感謝いたしました。

 荻田先生に私たちは何のお礼もできませんでしたが、娘がこれからも病気に負けることなく前向きに過ごすことが、せめてものお礼の気持ちと考え、治療を続けていくつもりです。また、小学生の娘は、将来医療関係の仕事に就きたいといっております。同じような難病の子供たちの力になれれば少しはご恩返しになるかしら、と、願っております。

 アドレス帳にある先生のメールアドレスをクリックすると、まだその向こうには荻田先生がいらっしゃるような気がします。何かで落ち込んだときは、先生のメールを読み返し、がんばっていこうと思います。

 荻田先生、本当にありがとうございました。

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